• ものがたり
  • 2021/05/03

ハチ公のような長岡の忠犬しろのものがたり

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今から300年以上も前の江戸時代に秋田犬のしろと飼い主であるお殿様との深い絆の感動の逸話です。

ハチ公のような長岡の忠犬しろのものがたり

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越後長岡藩の名君である牧野忠辰公のもとに、中沢村の庄屋善兵衛から賢く勇敢な白い犬が献上され、「しろ」と名付けられ大変かわいがって育てられていました。 忠辰公が大好きなしろは、主が参勤交代のため江戸に向けて出立した後、留守番をしていましたが、寂しさに我慢できず、主の乗る籠を追いかけ江戸まで向かったのです。 ある日、長岡藩江戸屋敷前に尾張徳川家自慢の大きな洋犬が連れられてきました。 その洋犬はしろを見つけると挑発し、尾張家の家臣も「我藩の洋犬が白い犬に負けるわけはない」と煽り、しつこくからんできたのです。 しろはじっと我慢し耐えていましたが、洋犬に向かって果敢にとびかかり、追い払いました。 この出来事を知った忠辰公は、尾張家の犬を傷つけたとなると「しろ」ばかりか、藩にまで類が及ぶと重く受け止め、しろをきつく叱ったそうです。 叱られたしろは、主から長岡に戻れと言われたと思い込み、その足で遠い長岡まで悲しみのなか帰ってしまいます。 長岡に帰ってきたしろは、元の飼い主である庄屋善兵衛のもとに向かいましたが、「お殿様にお譲りしているので家には入れられない」と家に入れてもらえませんでした。 その後、しろは城には戻らず村近くの丘で忠辰公を想い、数日間が悲しく吠え続けたそうです。 まもなく藩より江戸での出来事を聞かされた善兵衛は、急いで鳴き声がした丘へ行くと、そこにはしろの亡骸があり、哀れに思った善兵衛は、その丘に塚を築き手厚く葬りました。 塚は「しろいぬの塚」と言われ、しろが亡くなった100年後に、その塚の近くの蒼柴神社に忠辰公が祀られたことから、忠辰公としろの強い絆は再び蘇り、しろはきっと大好きなお殿様に永遠にかわいがられていると言われております。 出典元:https://twitter.com/Kazma_M13/status/1028222157417922561 本記事の元となる記事など:http://www7a.biglobe.ne.jp/~jigenji/siroinu.htm

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hiro190

日々、愛犬とのステキなドッグライフを堪能し、そこから犬のさまざまな能力や行動を探究しながら、新たな犬の魅力発見に感動です。 これからも犬の気持ちに寄り添い、お互いどのような時でも支え合い楽しく生活していけるよう進みます。

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