犬も人間と同様に日焼けをし、紫外線による皮膚や目のダメージは全身に及ぶ可能性があります。 毛色や犬種、ライフスタイルによって影響は異なりますが、飼い主が気づかないうちに紫外線ダメージが蓄積することもあります。 本記事では、獣医学の最新知見に基づき、獣医師が犬の日焼けのメカニズムから見過ごされがちな健康リスク、そして今日から実践できる具体的な紫外線対策までを、詳しく丁寧に解説します。 大切な家族である愛犬を、目に見えない紫外線の脅威から守るための、信頼できる情報をお届けします。
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犬も日焼けする!紫外線の基本知識
犬の健康を考える上で、日焼けの原因となる「紫外線」について正しく理解することは非常に重要です。 まずは、紫外線の種類とその影響の基本から見ていきましょう。
日焼けの原因「紫外線」
太陽光に含まれる紫外線(UV)は、波長の長さによって主に3つの種類(UV-A・UV-B・UV-C)に分けられます。
そのうち、私たちの愛犬に影響を与えるのは次の2種類です。
● 紫外線A波 (UV-A): 地表に到達する紫外線の約95%を占めるのがUV-Aです。波長が長く、皮膚の奥深く、真皮層まで到達する性質を持っています。窓ガラスも透過するため、室内にいても影響を受ける可能性があります。UV-Aは急激な日焼け(赤み)を引き起こす力は弱いものの、細胞内で活性酸素(ROS)を発生させ、酸化ストレスを通じてDNAに損傷を与えます。これが、長期的な皮膚の老化や、皮膚がんのリスクにつながると考えられています。
● 紫外線B波 (UV-B): UV-Aよりもエネルギーが強く、主に皮膚の表皮にダメージを与えます。いわゆる「日焼け」による赤みや炎症の主な原因です。UV-Bは細胞のDNAを直接損傷させ、遺伝子変異を引き起こす力が強く、皮膚がんの発生に直接的に関与していることが多くの研究で示されています。
● 紫外線C波 (UV-C): 最もエネルギーが強い紫外線ですが、地球のオゾン層によって吸収されるため、通常は地表に到達することはありません。
紫外線の量は、季節や時間帯によって大きく変動します。
特に夏場や、1日のうち午前10時から午後2時の間は紫外線量がピークに達するため、最も注意が必要な時間帯です。
また、標高が高い場所では大気による紫外線の遮蔽が少なくなるため、山などでのレジャーの際にも特別な配慮が求められます。
紫外線による犬への影響
紫外線が犬の体に与えるダメージは、単なる一時的な皮膚の赤みにとどまりません。
その影響は細胞レベルで起こり、慢性的かつ深刻な健康問題へと発展する可能性があります。
紫外線による活性酸素種(ROS)の過剰発生は、細胞内のDNA、タンパク質、脂質に酸化ストレスを与え、炎症、細胞死、遺伝子突然変異を誘発し、様々な病気の原因となることが分かってきました。
●皮膚への影響:皮膚炎から皮膚がんまで
急性症状(日焼け): 強い紫外線を浴びた直後には、皮膚が赤くなる紅斑(こうはん)や、乾燥を伴う炎症、皮むけといった症状が現れます。
慢性症状(日光皮膚炎): 日光を繰り返し浴び続けることで、皮膚は慢性的なダメージを受けます。その結果、皮膚が硬くゴワゴワと厚くなり、シワが増え、毛が抜けて毛包炎や面皰(めんぽう)ができる「日光皮膚炎(または光線性皮膚炎)」と呼ばれる状態になります。この状態は、皮膚がんの前段階である「光線角化症」へと進行することがあります。
皮膚がん: 日光への慢性的な曝露は、犬における特定の皮膚がんの明確なリスク因子です。特に、皮膚の細胞ががん化する「扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)」は、日光を浴びやすい色素の薄い皮膚(おもに白色皮膚)に発生することが多いと報告されています。また、血管が腫瘍化する「血管腫」や「血管肉腫」も、お腹など毛の薄い部分への紫外線曝露との関連が指摘されています。
●目への影響:角膜炎から白内障まで
慢性表層性角膜炎(パンヌス): 免疫が関与する目の病気ですが、紫外線によって症状が悪化することが知られています。特にジャーマン・シェパードなどの犬種に多く見られます。角膜(黒目の表面)に血管を伴うピンクや灰色の膜が広がり、進行すると視力を失う可能性があります。高地など紫外線が強い地域で重症化しやすいことが報告されています。
白内障: 白内障の原因は遺伝、加齢、糖尿病が主ですが、動物モデルの研究では、長期間の紫外線にさらされることが水晶体の酸化ストレスを引き起こし、白内障の発症リスクを高める可能性が示唆されています。犬も同じ哺乳類として同様の可能性が考えられています。
このように、日々の紫外線への曝露は、一度きりのイベントではなく、生涯にわたって蓄積されていくダメージとなります。
今日の小さな日焼けが、将来の深刻な病気につながる可能性があることを理解し、予防に努めることが重要です。
犬が日焼けしやすい理由
犬には被毛という強力なバリアがありますが、それでも日焼けをしてしまうのにはいくつかの理由があります。
● 体の構造的な弱点: どんなに毛がふさふさの犬でも、毛が薄い、あるいは全く生えていない部分は紫外線の影響を直接受けます。特に、鼻筋、耳の先端、目の周り、口周り、そして地面に体をつけたときや仰向けになったときに無防備になるお腹や内股などは、非常に日焼けしやすい部位です。
● 被毛と皮膚の色素の役割: 犬には紫外線防御機能として被毛とメラニン色素がありますが、白い毛や薄い色の犬、ピンク色の皮膚の犬はメラニン色素が少なく、紫外線による日焼けリスクが高いです。同じ犬でも、白い毛の部分だけが炎症を起こすこともあります。
● 生活習慣と環境: 長時間の屋外活動、庭で過ごす時間が長い、日中の散歩が多い犬は紫外線による影響が蓄積しやすいと考えられています。
日焼けしやすい犬種・条件
特定の犬種や体の特徴、そして被毛の状態は、日焼けのリスクを大きく左右します。
● 特に注意が必要な犬種: 獣医学文献では、短毛で白っぽい、あるいは薄い毛色の犬種(ダルメシアン、ブル・テリア、アメリカン・スタッフォードシャー・テリア、ボクサー、ウィペット、ビーグル、グレーハウンドなど)や無毛種(チャイニーズ・クレステッド・ドッグなど)は日焼けしやすいと指摘されています。
● 被毛のタイプ(シングルコートとダブルコート)
ダブルコート: 柴犬、シベリアン・ハスキー、ゴールデン・レトリーバーなどの犬種に見られるダブルコートは、硬くて長い上毛(トップコート)と、柔らかく密生した下毛(アンダーコート)の二層構造が特徴です。この被毛構造は非常に機能的で、特にトップコートが紫外線を物理的に遮断し、皮膚を日焼けから守る役割を担っています。
シングルコート: マルチーズやプードル、ヨークシャー・テリアなどは、アンダーコートがなく、トップコートのみのシングルコートです。これらの犬種は毛が長くても密集度が低い場合があり、紫外線が皮膚まで届きやすい可能性があります。
●「サマーカット」の注意点: 犬のサマーカットは、特にダブルコート犬の場合、逆効果となる可能性があります。被毛は自然の断熱材であり、紫外線からの防御システムです。短く刈りすぎると、日焼けや熱中症のリスクを高め、体温調節機能を損なう可能性があります。また、毛質が変わったり、生え揃わなくなることも。暑さ対策としては、ブラッシングで不要なアンダーコートを取り除き、風通しを良くすることが安全で効果的です。
犬の日焼けサインと対処法
愛犬が日焼けをしてしまった場合、そのサインにいち早く気づき、適切に対処することが重要です。 ダメージは皮膚だけでなく、目にも現れることがあります。
皮膚に現れる日焼けのサイン
犬の日焼けのサインは、その重症度によって異なります。
飼い主さんが気づくことができるサインを、軽度なものから重度なもの、そして慢性的なものまで順に解説します。
●急性症状(軽度〜中等度):
赤み: 日焼けの最も一般的な初期症状です。皮膚がピンク色や赤みを帯び、熱感を持っていることがあります。
過敏な反応: 日焼けした部分を触られるのを嫌がったり、撫でられると体をびくっとさせたりすることがあります。これは痛みを感じているサインです。
乾燥と皮むけ: 人間の日焼けと同様に、数日経つと皮膚が乾燥してカサカサになったり、薄皮がむけたりすることがあります。
かゆみ: 治りかけの時期などに、患部を頻繁に掻いたり舐めたりする行動が見られます。
●重度の症状(動物病院での受診が必要):
水ぶくれや浸出液: 重度の日焼けでは、皮膚に水ぶくれができ、それが破れて液体が滲み出てくることがあります。このような状態は、細菌による二次感染のリスクが非常に高くなります。
全身症状: 重度の日焼けは火傷に相当し、体全体に影響を及ぼします。発熱したり、元気がなくなったり(嗜眠)、脱水症状の兆候が見られたりすることもあります。これらのサインが見られた場合は、緊急性が高いため、直ちに動物病院を受診してください。
●慢性的な症状(長期的なダメージのサイン):
前述の「日光皮膚炎」の症状、すなわち皮膚が硬く厚くなる、シワが増える、脱毛、面皰(ニキビ)などが、慢性的な紫外線ダメージのサインです。
いつまでも治らないただれや、イボのようなできもの、かさぶたなどができた場合、それは前がん病変や皮膚がんの可能性も考えられます。
このような変化に気づいたら、すぐに獣医師の診察を受けましょう。
重要なのは、これらの目に見えるサインは、すでに細胞レベルでダメージが起こった後の結果であるということです。
皮膚が赤くなっている時点で、内部では相当な損傷が発生しています。
そのため、症状が見られてから対処するのではなく、そもそも日焼けをさせない「予防」が最も大切になります。
目に現れる日焼けのサイン
紫外線は皮膚だけでなく、目にも深刻なダメージを与えます。
●一般的な刺激症状:
・目をしょぼしょぼさせる、まぶしそうにする
・しきりに瞬きをする
・白目の部分が赤くなる(充血)
・涙や目やにの量が増える
●慢性表層性角膜炎(パンヌス)のサイン:
・角膜(黒目)の縁から、血管を伴うピンク色や灰色の膜が中心に向かって伸びてくる
・角膜全体に黒い色素が沈着したりして、透明感がなくなる
愛犬の目に異変が見られたり、気にするそぶりが見られたら、自己判断で目薬などを使用せず、すぐに動物病院を受診してください。
目の病気は進行が速いことが多いため、早期の診断と治療が視力を守る上で非常に重要です。
犬の日焼け・紫外線対策
愛犬を紫外線のダメージから守るためには、一つの方法に頼るのではなく、様々な対策を組み合わせることが最も効果的です。 ここでは、日常生活で実践できる具体的な予防策を4つのポイントに分けてご紹介します。
散歩時間の工夫
最も簡単で、かつ効果的な紫外線対策は「紫外線の強い時間帯を避ける」ことです。
紫外線量は、午前10時から午後2時にかけてピークを迎えます。
この時間帯の散歩や屋外での長時間の活動はできるだけ避け、日差しが比較的穏やかな早朝や夕方以降に時間をずらすことを強く推奨します。
屋外活動時の工夫
日中に屋外活動をする必要がある場合は、事前の準備と工夫で紫外線の影響を軽減できます。
● 日陰を確保する: お庭で過ごす場合や、ドッグラン、キャンプなどのレジャーでは、必ず犬がいつでも休める日陰のスペースを確保しましょう。木陰やパラソル、日よけのタープなどを活用してください。
● 地面からの照り返しに注意: 紫外線は地面からも反射され、特に白いコンクリートや砂浜では反射率が高いため、日陰にいても下から紫外線を浴びる可能性があります。毛の薄いお腹周りを保護するためにも、長時間の滞在には注意が必要です。
● 地面の温度もチェック: 紫外線対策と同時に、熱中症対策も重要です。夏場のアスファルトは非常に高温になり、肉球をやけどする危険があります。散歩前には必ず地面を触って温度を確認しましょう。
● クールグッズも併用: 頭部や体幹を覆う紫外線対策グッズは有効ですが、暑い時期には体温上昇のリスクもあります。屋外でも使える冷却グッズ(クールグッズ)を併用すると良いでしょう。
服やアクセサリーで守る
物理的に紫外線を遮断するアイテムの活用も非常に有効です。
● UVカット機能のあるウェア: 近年では、犬用のUVカット機能を持つ服が数多く販売されています。特に日焼けのリスクが高い犬種や、長時間屋外で過ごす際には、このような機能性ウェアを着用させることで、広範囲の皮膚を効果的に守ることができます。通気性が良く、体にフィットするサイズのものを選びましょう。
● 帽子やサンバイザー: 顔周りの日差しを遮るために、帽子やサンバイザーも役立ちます。
● 犬用のサングラス(ゴーグル): 目の保護には、UVカット機能のある犬専用のゴーグルが最も効果的です。特に、パンヌスを発症しやすいジャーマン・シェパードなどの犬種や、高地、雪山、ビーチなど紫外線が特に強い環境で活動する犬には、積極的な使用が推奨されます。
日焼け止めの活用
人間と同様に、犬にも日焼け止めを使用することができます。
ただし、安全に使うためには、製品選びと使い方に細心の注意が必要です。
● 必ず「犬用」を選ぶこと: これが最も重要なルールです。人間用の日焼け止めには、犬にとって有毒な成分が含まれている可能性があります。
● 避けるべき危険な成分:「酸化亜鉛」
人間用の日焼け止め(ミネラルタイプ)などに使われている「酸化亜鉛」は、犬が舐めて摂取すると中毒を引き起こす危険な成分です。飼い主さんの肌に塗った日焼け止めを愛犬が舐めてしまうケースにも注意が必要です。
● その他の注意成分: 酸化亜鉛のほか、「PABA(パラアミノ安息香酸)」や「サリチル酸塩」も大量に摂取した場合、有害となる可能性があるため、注意が必要です。
● 安全な日焼け止めの選び方と使い方:
・選び方: 犬専用に開発された、無香料で、舐めても安全な成分で作られている製品を選びましょう。SPF値は15〜30程度が目安です。
・塗る場所: 鼻筋、耳の先端、お腹、内股など、毛が薄く皮膚が露出しやすい部分に塗布します。
・塗り方: 外出する15〜20分前に塗り、皮膚に吸収させる時間をおきましょう。屋外にいる間は2時間ごとを目安に、また水遊びをした後などはこまめに塗り直すことが大切です。塗った直後に犬が舐めてしまわないよう、数分間おもちゃで遊ぶなどして気をそらしてあげると良いでしょう。
これらの対策を一つだけでなく、複数組み合わせることが、愛犬を紫外線から守るための最も確実な方法です。
例えば、日差しの強い日にビーチへ行くなら、
①紫外線強度ピーク時を避け
②パラソルで日陰を作り
③UVカットウェアを着せ
④露出している鼻先に犬用日焼け止めを塗る
などの対策が理想的です。
日焼け後のケア方法とおすすめグッズ
万全の対策をしていても、うっかり日焼けをしてしまうことはあります。 軽度の日焼けであれば、迅速なホームケアで症状を和らげ、皮膚の回復を助けることができます。 ただし、症状が重い場合や改善が見られない場合は、必ず動物病院を受診してください。
冷やす
日焼けは皮膚のやけどです。まずは患部の熱を取り、炎症を鎮めることが最優先です。
● 日陰へ移動: 日焼けに気づいたら、すぐに愛犬を涼しい日陰や室内へ移動させましょう。
● クールダウン: 水で濡らしたタオルや、タオルで包んだペット用保冷剤などを優しく患部に当てて冷やします。ただし、氷を直接当てるのは刺激が強すぎるため避けてください。常温の水シャワーを浴びさせるのも効果的です。
● おすすめグッズ:クールバンダナ
首元を冷やすことで、体全体のクールダウンを助けます。
日焼け後のほてった体を優しく冷やすのに便利なアイテムです。
クールバンダナ

保湿ケア
日焼けした皮膚は、そのバリア機能が大きく損なわれた状態にあります。
皮膚の最も外側にある「角質層」は、外部の刺激から体を守り、内部の水分が蒸発するのを防ぐ重要な役割を担っていますが、紫外線ダメージによってこの機能が低下します。
その結果、皮膚から水分が失われやすくなり(経皮水分蒸散量(TEWL)の増加)、乾燥やさらなる感染による刺激につながります。
そのため、日焼け後のケアでは、冷やして炎症を抑えることと同時に、「保湿」によって皮膚のバリア機能の回復をサポートすることが非常に重要です。
潤いを与えることで、皮膚の乾燥や皮むけを防ぎ、健やかな状態への回復を促すことができると考えられています。
● おすすめグッズ:
日焼けによるほてりや乾燥が気になる肌には、浸透力が高く、優しく潤いを補給できる犬専用の保湿ローションがおすすめです。
&Cシリーズ
通常の水に比べ、角層への浸透が素早いため、肌への潤い力を瞬時に補います。
汗などの気になる匂いをすっきりさせる効果もあります。
美肌の鍵である、うるおい&ハリに力を発揮、日焼けによるほてり肌にもレスキューケアとしてもおすすめです。
まとめ
● 犬も日焼けをします: 被毛だけでは紫外線を完全に防ぐことはできず、特に毛の薄い部分や色素の薄い犬は高いリスクにさらされています。
● 紫外線ダメージは蓄積します: 一度の日焼けは治るように見えても、細胞レベルのダメージは生涯にわたって蓄積し、将来の病気の原因となり得ます。
● 予防が最も重要です: 治療よりも、日焼けをさせないための予防策が何よりも大切です。
● 対策は複合して: 「①散歩時間を工夫する」「②日陰や衣服で物理的に遮る」「③犬用の安全な日焼け止めを活用する」といった複数の対策を組み合わせることが、最も効果的です。
● 日焼け後は速やかなケアを: もし日焼けしてしまったら、「冷やす」ことと「保湿する」ことで皮膚の回復を助けましょう。症状が重い場合は、迷わず動物病院を受診してください。
太陽の下で愛犬と過ごす時間は、かけがえのないものです。
正しい知識を身につけ、適切な紫外線対策を実践することで、愛犬を生涯にわたって健康に保ち、これからも一緒にたくさんの楽しい思い出を作っていきましょう。